マモルマヌー死去なんて悲しい!ゴールデンカップス時代の画像やお別れを云う会

マモルマヌー エンタメ

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ゴールデンカップスのマモルマヌーさんが亡くなった。

ゴールデンカップスは、1960年代に吹き荒れたGSサウンドの中で、一番グレた感じで、何となく斜に構えた感じなのに音楽性は一番イケてたグループだった。

メンバー全員がハーフだという触れ込みをみんなが信じていたし、米軍キャンプで演奏してたとか自分たちが演奏してたゴールデンカップという店で米兵相手に演奏してたというのだから、とにかく印象が強烈で実力は本物だったのです。

マモルマヌーさんはドラマをやっていて、メンバーの中で一番格好良かった。

今回は死去されたマモルマヌーさんのことについて書いていきたいと思います。

 

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マモルマヌー死去なんて悲しい!

 

マモルマヌー簡単プロフィール


本名:三枝守

生年月日:1949年6月3日

山口県生まれだが横浜育ち

マモル・マヌーのマヌーはハワイ出身の叔父さんの姓だそうです。

若い頃から、米軍キャンプに出入りしていたとのこと。

当時は横浜本牧に米軍のキャンプ地があって、すぐ隣にあるアメリカって感じだったそうな。

ゴールデンカップというクラブは、実際にあった店で(今もある)、客は日本人より米兵:ガイジンの方が多かったというかほとんどがガイジンだったらしい。

そんなガイジンたちが飲んでる中でゴールデンカップスのメンバーは演奏していたんだね。

現役の兵隊たちだから飲んだら凄かったんじゃないかと、そんな中で演奏していたマモル・マヌーたちの姿が目に浮かぶようです。

ボーカルのデイブ平尾がなんかの場面でコメントしてました。

「日本語の歌はあまり得意じゃないんですよ」って。

R&Bが好きだったんだろうね。

マモルマヌーは甘いマスクでドラムも上手いし歌も上手い。

滅茶苦茶女にもてたんだろうなんて想像してしまいます。

というか実際モテモテだったそうです。

 

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ゴールデンカップス時代の画像が泣ける

 

 

ゴールデンカップスを脱退後、ソロ歌手として活動しましたが売れることはなかったようです。

宝石鑑定士の資格も取得して実業界で活躍したこともあったそうです。

2003年にはゴールデンカップスの活躍を描いたドキュメンタリー映画『ワンスモアタイム』が制作されたのをきっかけに、ゴールデンカップスが再結成されて音楽活動を続けていたそうです。

やはりゴールデンカップスの一員として活動できたことが一番うれしかったんじゃないでしょうか。

70歳超えても音楽という自分の仕事を持ってることができるなんてサラリーマンから見れば幸せなことだと思います。

 

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マモルマヌーさんにお別れを言う会のお知らせ

 

マモルマヌーさんを送る会が執り行われるとのことですので、ご紹介します。

コロナ禍の最中でもあり、イベントやゴールデンカップスのメンバー参列とかはないそうです。

マモルマヌーさんの遺品とかも展示されるそうです。

私みたいなファンの皆さまご都合がつけば如何でしょうか。

会場:横浜セブンスアベニュー

横浜市中区山下町252 グランベル横浜ビル B1

日時:2020年9月17日(木) 14:00〜19:00

入場無料

問合せ先 アルタミラピクチャーズ 03−5456−8581(吉野)

主催:アルタミラピクチャーズ/アルタミラミュージック

 

まとめ


いきなりショックなニュースが飛び込んできました、マモルマヌーさん死去なんて悲しい!

しみじみ眺めてみるとゴールデンカップス時代の画像が泣ける気分です。

確実にGS時代かつてのスター達が消えていってます。

わかっている事実なんですが、なんとも言えない切ない気持ちになります。

私はゴールデンカップスの中では、マモルマヌーさんが一番好きでした。

久しぶりに映画『ワンモアタイム』でマモルマヌーさんの姿を見た時は感動すら覚えました。

ボーカルのデイブ平尾が去り、そしてマモルマヌーも去ってしまった。

ゴールデンカップスは今後も活動は続けていくのでしょうか。

演奏していた楽曲は永遠に残っていくのだと信じています。

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