燃えよ剣映画の斎藤一は北海道函館戦争まで戦ったの?演じる松下洸平が選ばれたのは左利きのおかげって本当?

燃えよ剣映画の斎藤一は北海道函館戦争まで戦ったの?演じる松下洸平が選ばれたのは左利きのおかげって本当? 日本映画

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燃えよ剣映画の公開が待ち遠しいところです。

燃えよ剣映画は、新選組副長:土方歳三が主人公です。

でも最近、新選組のなかでも斎藤一が人気が高いのをご存知でしょうか

無口な男、剣術はめっぽう強い,

新選組のあらゆる戦いに参加していて、維新後まで生き延びて、西南戦争にまで参加しているのです。

斎藤一が人気が高いのも浅田次郎の『壬生義士伝』『一刀斎夢録』、漫画『るろうに剣心』に登場したのが大きな要因かと思います。

ところで司馬遼太郎の『燃えよ剣』の原作では、斎藤一が北海道まで行って、函館戦争に参加したことになっています。

ところが実際は斎藤一は会津戦争後に、敗れた会津藩と運命を共にしていて、北海道には行ってないのです。

今回の燃えよ剣映画では、斎藤一は北海道まで行って函館戦争に参加するのでしょうか。

それとも歴史に忠実に斗南藩にいくことになるのでしょうか。

公開が待ち遠しいです。

 

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燃えよ剣映画の斎藤一は北海道函館戦争まで戦ったの?

 

燃えよ剣原作者司馬遼太郎の勘違いか創作か?

そもそも、何故、司馬遼太郎の原作では函館戦争に参加したことになったのでしょうか。

実際の斎藤一は北海道には行ってません。

司馬遼太郎の勘違いという説が本当かもしれません。

斎藤一諾斎という人物が甲陽鎮撫隊に参加していたことを知り、この人を斎藤一と勘違いしたのではないかというもの。

この斎藤一諾斎という人物は幕臣の出であり、56歳にして甲陽鎮撫隊に入隊したのです。

新選組解体後も土方歳三に付き従い最後は仙台で政府軍に降伏して維新後まで生き残っています。

実はこの斎藤一諾斎も北海道には行ってないのです。

司馬遼太郎ほどの作家が勘違いするなんて信じられませんが、今みたいにネットで何でも気軽に調べられる時代ではありませんから司馬遼太郎を攻めるわけにもいきません。

あるいは、司馬遼太郎はすべてを知ってうえであえて、斎藤一を函館戦争に参加させたのかもしれません。

小説としてはその方が劇的ではありますね。

 

るろうに剣心の斎藤一は北海道に登場するから

るろうに剣心の斎藤一は北海道にいって活躍してます。

これは、フィクションとしての斎藤一ですから、ストーリーの展開上北海道に上陸したのでしょう。

るろうに剣心があまりにも有名なので、漫画を読んだ人達は本物の斎藤一も北海道に行ったのだと思っている人が多いことはあろうることだと思います。

さて、今回の燃えよ剣映画では斎藤一が北海道までいって、函館戦争に参加するのでしょうか。

公開が楽しみです。

 

斎藤一のプロフィール

名前:斎藤一、山口次郎、藤田五郎

生年月日:天保15年1月1日(1844年2月18日)

大正4年(1915年)9月28日没:享年:72歳

得意技:左片手一本突き

るろうに剣心では牙突き。

新選組三番隊組長。

新選組の中では沖田総司より年下ですが、剣jの腕は確かなもの、新選組の撃剣師範をつとめた。

新選組で活動したのは斎藤一の20代前半の頃、現代人でいうと大学生の頃だったのです。

年長の永倉新八に『沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣』と言われたという。

特徴は突きが得意だったこと、

池田屋事件、天満屋事件など新選組のあらゆる戦いに参加しているほか、組織内の粛清、暗殺にも多数かかわり、スパイ活動も得意だったといわれています。

戊辰戦争では、鳥羽・伏見の戦いから甲陽鎮撫隊の戦い、宇都宮戦争、会津戦争と戦い抜いて会津落城と共に政府軍に投降しています。

この会津と行動を共にして会津落城を迎えたことで斎藤一は維新後まで生き延びることができました。

もし、土方歳三について北海道まで行っていたら、五稜郭の戦いで死んでいたかもしれません。

土方歳三が自分の死に場所を求めたのに対して、斎藤一は生きることを選んだのです。

維新後は警察官になり、西南戦争では薩摩軍と戦っています。

正に、幕末維新の動乱を駆け抜けた人生ですね。

これだけの戦いを潜り抜けて、大正時代まで生て人生を全うしたというのは凄いことだと思います。

 

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燃えよ剣映画の斎藤一を演じる松下洸平が選ばれたのは左利きのおかげって本当?

『スカーレット』で一躍有名になった松下光平ですが、一体なぜ、燃えよ剣映画の斎藤一役に選ばれたのでしょう。

その理由を探ってみました。

 

斎藤一と松下洸平の共通点は?

 

二人とも身長が高い

松下浩平:175cm

斎藤一:170~180cm

得意技:左片手一本突き『るろうに剣心』では牙付き

左利き、長身であったということ。

当時の日本人男子の平均身長は150cm~160cm程度であったと考えられ、その中で170cm程度の身長であれば、相手も圧倒されることが多かったのではないだろうかと考えられます。

 

二人とも左利き

斎藤一は左利きだったというのは子母澤貫の説が最初だと言われています。

子母澤貫は新選組に興味を持ち、昭和の初期に新選組のことを調査して当時新選組の生き残り関係者にも勢力的に取材をして新選組始末記、新選組異聞、新選組物語を著しています。

正直実際の斎藤一が左利きだったかどうかは疑問を挟む意見もあるのですが、今は左利きだったことが定説になっています。

そして、燃えよ剣映画の原田監督がそもそも斎藤一は左利きであり、松下洸平も左利きであったことが斎藤一役:松下洸平の誕生だったのです。

原田監督も松下洸平を選んだ理由を次のように述べられています。

「斎藤一は“左利き”であるということを強調したかった。左利きが“作り物”になってしまうと無理があるので、殺陣のシーンも自然に左利きでできるようにしたかったんです。そんな想いから、当時、左利きの俳優をリストアップしていて、その中でもこれからの活躍が期待できる、新鮮な役者を起用したいと思っていました」

 

 松下洸平のプロフィール

松下洸平はNHK朝ドラ『スカーレット』でブレイクしました。

主人公:喜美子の夫役:十和田八郎として真面目な好青年を熱演しました。

1987年3月6日生まれの33歳、東京都出身で血液型:A型。

元は自分で作詞も作曲もライブもこなす歌手だったのですが、ミュージカルの舞台を経験してから『芝居をしたい』と思うようになり、芝居の道へ。

因みに家族全員が左利きとのことです。

 

スカーレットの八さんとのギャップが凄い

ご存知の方も多いと思いますが、スカーレットの八さんは、誠実で、芸術家で何となく柔いですよね。

よく言えば優しいというか。

だけど、新選組の斎藤一はもう沈着冷徹な人を斬るマシーンみたいなイメージがあります。

血まみれになる決闘シーンも出てくるとのこと。

このギャップを乗り越えて、どこまで観客が期待する斎藤一になりきれるのか。

松下洸平の演技力が試されるところだといえるでしょう。

 

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まとめ

燃えよ剣映画の斎藤一は北海道函館戦争まで戦ったの?演じる松下洸平が選ばれたのは左利きのおかげって本当?について、ご紹介してきました。

新選組というと、燃えよ剣の主人公:土方歳三始め、沖田総司、近藤勇、がビッグ3でしたが、ここ数年は斎藤一の人気が急上昇といった感じになっています。

基本的に無口な人柄だったらしく、新選組のことも生涯あまりしゃべらなかったようです。

なので、司馬遼太郎が北海道函館戦争に斎藤一を登場させても仕方ないわけです。

司馬遼太郎も小説として効果を発揮するためにあえて函館戦争に登場させたのかもせれません。

松下洸平が選ばれたのが、左利きがだったからというのも不思議な因縁ですね。

何はともあれ、松下洸平が演じる斎藤一が見れる新選組映画の公開が待ち遠しいですね。

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