ジョーカー映画の結末ネタバレあり!ラストの意味やその後を考察

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ジョーカー映画が人気爆発。

今年一番の映画ではないかとか、『アカデミー賞』間違いなし、なんて声も上がり始めています。

これほど話題になるジョーカー映画ですが、見た人はお分かりかと思いますが、映画の意味の考察が難しいですね。

特に結末どうなったの。

ラストシーンの意味は。

この点が今回の一番の注目点ではないでしょうか。

映画のストーリー展開には、スカッとした明快なストーリーと、何か考えさせられるストーリーと2種類ありまして、間違いなくジョーカー映画は後者に含まれます。

私なんかは単純明快なスッキリした展開の方が好きなんですが、うーんと考えさせられる展開が好きな人も多数いますよね。

特に今回のジョーカー映画は、ファンの間でもラストの意味について、色々意見が分かれることが多いようです。

話題になる映画だから、色々な意見が出るのか、意見が多いから話題になるのか、興味は尽きません。

今回は思いっきり結末のネタバレありで、ラストのシーンの意味やその後について考察していきたいと思います。

 

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ジョーカー映画の結末ネタバレ!ラストの意味は?

ラストシーンは白い病棟の廊下をアーサーが背を向けながら歩いていくシーン。

廊下の突き当りまで歩いていて行ったら、警官らしき男に追い回されるのだけど、右へ行ったり左へ行ったり。

しかも悪ふざけしながら逃げ回るところで終わります。

ダッシュで逃げている雰囲気ではありません。

ここはもうメルヘンの世界です。

では、このシーンは何を意味しているのか。

今までの溜まりに溜まった不合理さ、うっ憤、どこにもぶつけられなかった怒りを、最後に女性カウンセラーを殺すことによって晴らした。

そしてこれからはジョーカーとして生きていくんだと。

『警官なんかに追われても絶対につかまらないぞ』という今後の人生を表しているのです。

 

血の付いた足跡をわざわざ観客に見せているのは何故?

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出典:https://besthqwallpapers.com/ja

直前のシーンで女性の精神カウンセラーと面談していますが、普通に考えてその直後のシーンなので、この女性カウンセラーを殺したのかな、と考察します。

『これが、この映画の最後の殺人ですよ』と観客にアピールしているのでしょう。

『みんな気付いてよ、たった今もう一人殺したんだよ』と訴えているのです。

実はこのカウンセラーは映画の中では2回目の登場になります。

最初はアーサーがジョーカーになる前。

健全な市民だったアーサーが、精神治療を受けていたのがこの女性カウンセラーだったのです。

ところが。

ゴッサムシティの助成金がカットされたとの理由で、この病室も閉鎖に至ってしまったのです。

アーサーは、精神安定の薬ももらえない。

カウンセリングも受けられないといった八方塞がりになってしまったのです。

『貧すれば鈍する』とはよく言ったもので、その後アーサーは見事なまでの転落人生を歩んでいきます。

アーサーが強かったのは、ここでそのまま負け犬にならなかったことでしょう。

今まで自分をひどい目に合わせてきた社会に対して、反旗を翻したのです。

ジョーカーという殺人鬼になったのです。

 

殺人鬼へと落ちたジョーカーは何故カウンセラーを殺したの?

殺人鬼となったアーサーはジョーカ―となって、再度このカウンセラーと面談することになります。

『あの時、お前が俺を救ってくれたら』、『あの時、お前がもっと真剣に俺の悩みを解決してくれたら』とアーサーは思ったかもしれません。

『いつも同じ質問ばかりして、ありきたりの診断しかしなかったお前が適当に俺を扱ったからこうなってしまったんだ』と思ったのでしょう。

『よくも俺をコケにしてくれたな』とカウンセラーを殺してしまった。

というのが、自然なスト―リー展開だと思います。

 

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ジョーカー映画の結末ネタバレ!その後の展開を考察

ジョーカー映画のその後はどうなるのか。

バットマンに続くのです。

そう、目の前で両親を殺されたブルース・ウェインこそが将来のバットマンになるのです。

最後のシーンの一歩手前で女性カウンセラーにアーサ―はこのように言います。

『ジョークを思いついた、だが君にはわからない』と。

この場面で、ブルース・ウェインが映し出され、彼の目の前には殺された両親が倒れているのです。

悲惨と言えばあまりに悲惨。

目の前で両親が殺されるのを見た少年は、どれほどの衝撃を受けたでしょう。

 

ラストの意味はバットマン誕生って本当?

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出典:https://memorylane-media.com/joker

ここで、映画の場面すべてがアーサーの妄想という考察が浮かび上がります。

つまり、カウンセラーとの面談こそが事実であって、今までの映画の場面は全部アーサーが妄想していた世界だったというオチです。

カウンセラーと面談の時にアーサーの頭がフラッシュバックした場面で両親が目の前に横たわっているブルース・ウェインが現れる。

ここで思いついたジョークこそが、今回の最大のテーマだったのではないかということ。

つまり、バットマン登場こそがジョークだということです。

目の前で両親を殺されたブルースウェインがバットマンなるきっかけを作った。

悪の限りをこなした自分を捕まえに来る相手。

その相手がバットマン。

自分が殺人を犯し、暴動を扇動して街を壊滅状態に陥れた、挙句の最後の仕上げが。

自分を倒しに来るライバル:バットマンの登場になってしまうというジョークなのです。

これこそ笑えませんか。

余りの馬鹿バカしさにアーサー本人も笑うしかないと。

 

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まとめ

今回は、ジョーカー映画の皆が気になる結末、つまり、ラストの意味について考察してきました。

将来、自分を追いかけまわす永遠のライバルとなるバットマンを誕生させてしまった。

社会に虐げられ、運命に翻弄された主人公アーサーが、全てを吹っ切って街を壊滅状態にして、悪のヒーロー:ジョーカーが誕生した。

そしたら、同時に自分のライバルとなるバットマンをも誕生させてしまった。

というあまりに皮肉な結末だったわけです。

ジョークを思いついた、君にはわからないだろうな。

確かに他人には理解できないでしょう。

余りに皮肉な展開と結末。

アーサーにとってはジョークとして笑うしかないのでしょうね。

ジョーカー映画はラストの意味を考察するのが結構難しくて、見る人によっていろんな考察があると思います。

結局、映画の楽しみって結末がどうなるかってところが最大のポイントであると思います。

その点、ジョーカー映画ほど結末の考察が面白い作品も珍しいのではないでしょうか。

今年一番の映画であるという評判は、確かなことだと思います。

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